こんにちは、あっきーです。

皆さんはご存知でしょうか?

「セルフハンディキャッピング」という言葉を。

初めて聞いたし、全然分からないという方もいると思います。

ではこの言葉はどうでしょう?

「テスト前だけど10時間寝て勉強してないわ~」

これです。

たまには超ライトな心理学も書いていきたいと思います。

セルフハンディキャッピング

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ネットで”セルフハンディキャッピング”と検索して頂ければ、色んな情報が出てくると思います。
ですので、今回は私なりのセルフハンディキャッピングについて書きます。

セルフハンディキャッピングとは

自らにハンディキャップを課すことで、たとえ失敗した時でも他のせいであると言い訳ができるようにして自尊心を守る。成功した時はハンディキャップがあるのに成功したと自己の評価をより高められる予防線を張る防御的な行為である。これらの行動に能力の向上や生産的な価値はない。失敗や成功の原因が自己の能力や努力ではなく、外部から与えられた要因にあるとすり替えて思いこむ、行為だからである。無意識に行動に組み込まれている人が多く自分に向き合えず改めることができない場合が多い。

引用:Wikipedia様

「テスト前だけど10時間寝て勉強してないわ~」

このフレーズを元に分析していきます。
これは責任の所在を外部に押し付けて、自分の自尊心を守ることが目的にあります。

つまりどういうことかというと、

「テスト前だけどたくさん寝たから、テストの結果が悪くても、俺の能力不足のせいではない!」
「10時間も寝たのに成績が良かったら、それはそれで俺の評価があがる」

このように「出来なかったら外的要因のせい。出来たら自分のおかげ」

という風に、リスクゼロで予防線を張れる技なのです。

ちなみに、セルフハンディキャッピングには二種類あります。
それは”獲得的セルフハンディキャッピング”と、”主張的セルフハンディキャッピング”です。

獲得的セルフハンディキャッピングは、試験前に、部屋の片づけを始めたりしちゃうやつです。
実はこの場合も、無意識に言い訳を作っちゃっているんです。「部屋の片づけをしたから試験結果が悪くても仕方がない」という、正当化の根拠を事前に工作しているわけです。

主張的セルフハンディキャッピングは、先ほど書いた「勉強してないわ~」と周りに主張することです。
こちらの方が、他人からの評価への依存度が高い可能性がありますね。

そもそもですが、日本の文化にもそのような文言が見受けられます。
例えば「粗品ですが。つまらない物ですが」などの言葉には違和感を感じます。

相手に気を使わせないよう、そのように表現していたのかもしれませんが、私はあまり意味がないと思っています。
綺麗な瞳で「粗品ですが」と言われたら、日本人らしい謙虚さが伝わってくる事もあるかもしれません。あるいは昔はそうだったのかもしれません。
ただ、自己を防衛するために「粗品ですが」と言っている場合も多いと思います。いつの間にか、謙虚だったさはずのものが卑屈さにすりかわっているのかもしれません。

セルフハンディキャッピングしちゃだめなの?

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リスクなしで自分のプライドを守れる発言。というのは一見せこいように見えますが、私はそうではないと思っています。

なぜなら、そうしないといけない理由がその人にはあるからです。

人によってそれは異なりますが、極度の劣等感であったり、自信のなさの表れ。
他人の評価に依存的であり、傷つくことを死ぬほど恐れている、などなど。

その人は好きでそうなっているわけではないですからね。
このように自分で自分を守ることで、自己のアイデンティティを無意識に防衛しているのです。

いわゆる”防衛機制”が働いているんです。
それほどまでに何かを恐れているという事が分かりますね。

意識的にセルフハンディキャッピングを行っている人もいれば、ほぼ無意識的に行い、それが癖になっている人もいらっしゃると思います。

防衛機制が働いてはいけないのか?という話になると、決してそうではありません。
防衛機制というのは、セルフハンディキャッピングだけではなく、日常の様々な場面で行われています。

防衛機制は基本的に無意識に行われることが多いので、こればかりは仕方がありません。それがあなた自身の現在の姿なのですから。
いいんですよ。いいわけして、自分を守っても。あなたは傷つくのが極端に怖いんです。

私もずっとそうでした。
10代の頃なんて「自分は被害者だ」と勝手に思いこんでいました。

だから保険もかけまくるし、これ以上自分の評価が下がらないように努力もしました。
しかし、いいわけにおぼれた私の目は完全に曇っていました。物事の本質を見抜ける目ではありませんでした。

そういう経験がたくさんあるから分かるんですよ。自分に保険をかける事の虚しさが。
そうしている間は、正当な評価は決して受けることはできないし、実は自分が一番空虚なんです。

つまり何が言いたいかと言うと、こういう事です。

「いいわけをしているうちは、100点なんて絶対にとることができない。」

形だけでじゃなく、それを本質的に理解したら、前に進めます。
実のところこれは私の課題でもありますが、他者評価ではなく、自己評価で100点を出せる人間になりたいと常々考えています。

最後に

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最後になりますが、セルフハンディキャッピングの逆もあります。

「俺はやるんだ!できるんだ!」

と言う言葉がそれです。
セルフハンディキャッピングの逆で、自分で自分のハードルを上げるパターンですね。

この言葉は根拠がないとあまり意味がない・・・わけでもありません。
何かで結果を出している人は、どちらかと言うとこちらの傾向にあります。

「おれはやるんだ!」と言って、自分で上げたハードルを越えていく姿。それはかっこよく映りますよね。
「言ったからには実行しなければならない」という正義感の持ち主である事が伺えます。

このような人は、自分の言葉に責任を持って、しっかりと有言実行していきます。
そうすれば、自然と人もついてきますよね。

先ほど正義感を理由に挙げましたが、私は言霊のようなものだと考えています。
「やれる」と言う人がいれば「やれない」と言う人もいますが、人の言葉には言霊が宿ります。

その人が口にした言葉は、その人を形成し、その人の周りの人々にも想いは届きます。これが言霊です。

ここで一つ注意して頂きたいのは、「おれはやるんだ!」と言う人がかっこいい!という話ではありません。
「おれはやるんだ!」と言っている人をかっこいいと思った事は、おそらく私は一度もありません。

「おれはやるんだ!」と言って、「ちゃんとやった人」がかっこいいだけです。
別に口だけなら誰でも言えますからね。誰でも言えるんです。

これは私の主観的意見なのですが、やはり不思議な事もありまして、「おれはやるんだ!」と言っている人の方が結果を出している事が多いです。
そして、セルフハンディキャッピングをしている人で、最後までやりきった人を一人も見た事がありません。

これが言霊だの言う理由だと考えて頂けると幸いです。

いえ、まだです。まだこの記事は終わりません。
セルフハンディキャッピングの逆について語った時点で、他の記事との差別化は達成されたかのように見えますが、書きたいことがもう一つあります。

実は「俺はやるんだ!」と言っている人も、他人に依存的だという事実があります。
だって、いちいち他人に言わなくても良いでしょう?本当に強い人は、自己解決してもくもくと作業を進めるはずです。

そうしないのは、その人が依存的だからなのです。
人に見守ってもらわなければ何もできない人間だからなのです。

こんな事を書くと、もうどっちが正しいのか分からなくなってくると思います。いいんですよそれで笑
自分がどうありたいかなんて、自分で決めてください。

ついつい言い訳しちゃうあなたに今必要なのは、「何で言い訳しちゃうのかな?」と自分に聞いてみることです。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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