こんにちは、あっきーです!

早いもので、九州北部豪雨から3か月が経ちました。

3か月前の集中豪雨により、福岡県と大分県を合わせて、
37名の死者と4名の行方不明者が出るほどの甚大な被害でした。

当時の記事にある通り、受付開始から二日目に私も行かせて頂いたのですが、それはもうひどい有様でした。

当時の記事はこちらです
福岡県朝倉市で泥かきをした感想

特に、想像を絶するほどひどかったのが、家屋等の土砂被害でした。
人間の腰の上あたりの高さまで押し寄せた濁流のせいで、家屋には大量の泥が入ってしまいました。


(泥で線がついております)

ボランティア活動の主な仕事は、泥の撤去。
しかも、それらを全て手作業で。

当時の記事にもある通り、60歳以上の方や、県外から駆け付けた方がたくさんいらっしゃいました。

「仕事してなくてヒマだから」という理由で来た方もいらっしゃいました。

正直、私一人の力ではほとんど役にたっておりませんが、逆に私自身は、色々と学ばせて頂きました。

被災した地域の現状
被災した方々の心情
そこに駆け付ける人の想い

実際に、現場で見ないと分からない事ばかりでした。

特に記憶に強く残っているのが、大阪から来た定年退職後のご老人。
すぐさま駆け付ける行動力と、SAに泊まり込みをしてまでも泥の撤去をするという姿勢。

それは、その人の生き方そのものでした。

これはニュースで観た話なのですが、とある自衛隊員の方が記者の質問に答える場面でした。

場面は、自衛隊員の方々が泥を手作業で掘っているところです。
何をしているかと言うと、泥の中で生き埋めになっている、もしくは既に亡くなってしまった方の捜索です。

あの濁流に襲われてから3日以上経っていたので、無事生還の可能性は極めて低い状況で、自衛隊員の一人はこう言いました。

「亡くなってしまっているとしても、遺族の元へ帰してあげたい」

それに対し記者は、
「いつまで続ける予定なんですか?」という質問を返しました。

「見つかるまでやる覚悟です」

自衛隊員の方は、そう答えました。

当時の朝倉市や東峰村は、連日気温が35℃前後。
実際に作業してみて、とんでもなく劣悪な環境を実感致しました。

あの状況下で、スコップを持ちながら人力で捜索する。
それを”見つかるまでやりたい”と仰ったんです。

その覚悟と志に、私は思わず涙が出ました。

簡単に言えるもんじゃないです。
その言葉は、決して軽いものではありません。

その必死の捜索にも関わらず、残念ながら現在も4名の行方不明者がいます。
それほど甚大な被害だったという事です。たくさんの自衛隊員の方々が必死に探しても見つからないほどに。

あれからSNSなどでボランティアセンターの様子を伺っておりますが、未だに現地では毎日たくさんの人たちが復興のお手伝いをしているみたいです。

まとめ

今回この記事でお伝えしたかったのは二つあります。

・その場所に応じて、人が集まる

・自分の知らない所で、知らない誰かが汗を流している

被災地には、被災された方々がいるし、そこには、その場所に行く覚悟を持った方々が集まります。「場所・人」相応という意味です。

自分が楽している間、知らない誰かが、知らない場所で、想像もつかない程の努力をしています。

それらの事を、私は教えて頂きました。
偉そうに書いてしまいましたが、私もそういったものに気づけるよう、アンテナを張っていたいと思います。

この記事を読んだ事で、知らない誰かが、知らない場所で、何かを感じてくれていたらと思う次第でございます。

最後になりましたが、九州北部豪雨で亡くなられた方々への追悼の意をここに表します。

そこに集まった方々から教わった事に対する”感謝”という花を添えて。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。それでは失礼します。

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