こんにちは、あっきーです!

今日は、計画と選択の重要性について、とある家族を例にしてお話したいと思います。

先日、新幹線に乗っていた際、私の斜め前の席が4人の家族でした。

家族といっても、その団体の構成は

  • 祖母
  • 7歳ほどの娘
  • 5歳ほどの息子
  • 恐らく、娘さんの方がお姉ちゃんなのだろうと、
    母と祖母の彼女に対する扱いをみて思いました。

    父親はそもそもいないのか、それとも仕事で来れなかったのかは定かではありません。

    その家族と3時間ほど乗り合わせたのですが、興味深い体験を間近でしたので、記事にしてみました。

    興味深いとは言いましても、なんてことはありません。

    姉が、車内販売のアイスを欲しがっていたのです。

    そして、その子に対する母親の対応をずっと見ていました。

    では、順を追って
    超客観的に説明していこうと思います。

    「アイス買ってよ」

    4人の団体が乗り込んできて、新幹線の座席を向い合せに固定しました。

    2人掛けの席だけしかないと思い込んでいた私は、そんなこと出来るんだな、と思いつつ、本を読んでいました。

    家族が向い合せで座るとすぐに、新幹線は出発します。

    数分後に、車内販売のカートが私たちの車両にやってきて、高い声で飲み物や軽食、玩具などを勧めていきます。

    すると、車内販売のお姉さんに負けず劣らず、少女は叫びました。

    「アイス買って!」

    私はこう思いました。

    「でた」

    幼い頃は誰しも、何かを欲する力と、それを手に入れる力は同等ではありません。

    だからこそ、人にねだる必要があるのです。
    それは、親だったり、周りの大人だったりします。今回の対象は、母親でした。

    その母親は言いました。

    「さっき食べたでしょ」

    私は、少しうんざりしながら言う母の言葉に、合理性を探しました。

    なるほど、さっき食べたばかりなのか。そうすると、アイスを2個も食べるとおなかを壊してしまうかもしれない。

    しかも、ねだるもの全てを子どもに与えてしまうと、わがままに育ってしまう可能性があるから、この家庭の教育方針で、躾をしている途中なのだろうか。

    それでも娘の声はやみません。

    カートが通り過ぎてもなお、甲高い声でアイスを所望している彼女は、この車内において自分が一番高いオクターブで音を発している事にすら気付いていません。

    それは、幼さゆえなのか、それともアイス欲しさに我を忘れているのか。
    恐らく両方だと予想しました。

    それから2時間、その娘から「アイス」以外の単語が出てくる事はありませんでした。

    結局、母は根負けし、娘だけにアイスを買い与え、その横で弟が物欲しそうにアイスと姉を見つめていました。

    客観的に解析してみました

    他人の行った選択に、口を出せる立場ではありませんが、この物語から何か得られるのではないかと思い、色々と可能性を考えてみました。

    結果だけみると、母は娘の教育には失敗してしまったと思います。

    なぜならば、

    駄々をこねると欲しい物が手に入る

    という事実を、娘の中に作ってしまったからです。

    これは、なぜ言えるのかというと、私にもそのような体験があるからです。

    過去に、ゲームをしたいが為に、1時間ほどトゲピーの物まねをした黒歴史があります。

    もちろん、ゲームはさせてもらえました。

    一度そういった条件付けをすると、
    特に子どもは、同じ事を繰り返します。

    これは心理学的にも証明されている事です。

    流れを説明すると、

  • 娘がアイスを欲しがる
  • 母は拒否をする
  • 娘が駄々をこねる
  • 母はアイスを買い与える
  • この順番で物事は動いていきます。

    では、どこをどうすれば最善につながったのか考えてみましょう。

    「娘がアイスを欲しがる」

    私は、そもそもこの場面で防げたのではないかと思います。

    防ぐ、つまりは予防できたのではないかと考えるのです。

    キーポイントは

    少し前にアイスを与えていた事

    子どもが、退屈な新幹線でアイスを欲しがるのは予想できない事ではありません。

    という事は、1個目のアイスを与える前に

    「今日はこれで終わりだよ」

    という約束をするだけで、予防できたのではないかと思います。

    その約束を忘れ、娘が駄々をこねたら、正義は母親にあります。

    「母は拒否をする」

    これに関しては間違っていないと思います。

    アイスを2個も食べたらおなかを壊すかもしれないし、夜ご飯も入らないかもしれない。教育的にもよろしくない。

    それでは買い与えない方が賢明でしょう。

    もちろん、母自身がその姿勢を貫けるならばですが。

    「娘が駄々をこねる」

    実際、この時点で母はアイスを買い与える事が決まっていたのかもしれません。

    恐らくですが、この娘さんが駄々をこねるのは今回が初めてではないと思います。

    しかし、どの家庭の子どもも、新幹線内で駄々をこねるわけではないという事は間違いありません。

    現に、隣に座っている弟は、大人しくしていました。

    その二人の様子を比較してみると、もっと深いものが見えてくると思いますが、

    私はそれをこの記事で書くべきではないと思います。

    「母はアイスを買い与える」

    ここで全てが決まりました。

    母は、自分の姿勢を曲げてしまったのです。

    子どもとはいえ、決して馬鹿ではありません。

    この事をしばらく覚えているでしょう。

    母としての立場が、子どもの中でぶれてしまったので、娘や弟は困惑したと思います。

    特に弟は、駄々をこねずに大人しくしていたにも関わらず、褒美をもらえなかった。

    つまり、今後は大人しくする事に良い印象をもちません。

    もしかしたら、彼の中で、

    [大人しくする<駄々をこねる]

    の図式が出来上がってしまったかもしれません。

    これは、数年先まで影響してくる大きな問題だと思います。

    まとめ

    とはいえ、母にも色々な事情があったと思います。

    もしかしたら、父が同席していなかったところに何かのっぴきならない理由があるのかもしれない

    今回は、母が疲労困憊でたまたまぶれてしまっただけかもしれない。

    今回の事で感じた事は色々ありましたが、
    人には人の事情があるので、簡単に決めつけるのは、それはよくない事ですね。

    教訓としては、

    「行動は一貫する事」

    「計画をもってすれば予防できる」

    といったところでしょうか。

    もちろん、人の心など分からない前提で書いておりますが、

    それでも様々な可能性を考える事は、精神衛生上良いのは間違いないですね。

    長々と書いてしまいましたが、
    日常はストーリーで溢れています。

    そういう事に目を向けるのもなかなか楽しいものです。

    最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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