こんにちは、あっきーです。

この度、9月いっぱいで専業を引退しました。2年とちょっとの期間でした。
引退した理由については、正直自分もまだよく分かっていません笑

かっこいい事を書いて、拡散されそうな内容にして、色んな人を巻き込んでいこうかとも考えてはみたんですけど、それはやめました。
当ブログのコンセプトである、リアルを追求し、生き方そのものを詰め込んでいく事を選びました。

今回は、いつもの見出しも使用もせずに、感覚的に、自分の中にあるものを書き出していきたいと思います。

「そうだ、貯玉全部下ろそう」

9月30日の事でした。ふと思い立って、そのままパチンコ屋へ行き、一店舗ずつ下ろして回りました。
会員カードが30枚くらいあり、一日では回りきれなかったので、翌日も翌々日も、同じように一店舗ずつ下ろしました。

何で全部下ろしてるんだろう?と思いながら、車を走らせたのを覚えています。
せっかくだし3000枚ずつくらい残せばいいのに・・と思ったのは言うまでもありません。

全部下ろし終わって手元に残ったのは、空っぽの会員カードと現金160万円でした。
お店を回っている時から、ずっと頭から離れなかった疑問がありました。

「これから先、どうやって生活していくんだろう?」

下ろした160万円と、わずかにある貯金が50万円ほど。
先の事を考えると、210万円なんてすぐに無くなる額です。

正直なところ、不安で仕方なかったです。
特にメインで使ってた数店舗の貯玉を下ろすときは、色々と思うところがありました。

現在の私はというと、他の収入はほとんどなく、先ほど書いた通り、貯金額も少なすぎます。
でも、なぜだか分からないけれど、自分がしている事がすごく正しいという確信だけはありました。

ここから私はどうしたのかというと、取り組んでいる最中の企画があったので、それらの記事を完成する事だけに集中しました。
その間、貯玉を全て下ろした実感もなければ、専業を引退した実感も全くありませんでした。

あるとすれば、現金160万円だけ。しかしそれも、ただの紙切れにしか見えませんでした。

「記事を書き終わったら、皆さんに報告しよう」

皆さんとは、今読んで頂いている全ての方々です。
そう考えながら、ただただ目の前のやり残したことに集中します。その間、私の脳みそは、私自身に激しく問いかけてきます。

「これから先どうやって生活していくの?」
「何で専業を引退したの?」
「ブログはどうするの?」
「専業を引退して何をするの?」
「母親が倒れたら誰が助けるの?」

時折襲ってくる不安感を無視しながら、ようやく取り組んでいた企画の記事が完結しました。それは、この記事を書いているつい30分前のことです。

この数日間、記事を完結させるためだけに使っていた脳みそを、ようやく開放します。
結果、企画を完結させた達成感と、得も言われぬ不安感が同時に湧き出してきました。

そこで、ある言葉を思い出します。

「人間は矛盾しながら生きている」

なるほど・・ここにも矛盾がありました。
専業を引退する事が正しいという気持ちと、正しい事をしているのに、とても不安だという気持ちです。

そこで私は、いつも通り、自問自答します。

「これから先どうやって生活していくの?」
「分からない」

「何で専業を引退したの?」
「思い当たる節が多すぎる」

「ブログはどうするの?」
「稼働記事は書けないけど続けるつもり」

「専業を引退して何をするの?」
「分からない」

「母親が倒れたら誰が助けるの?」
・・これに関しては、全ての貯玉を下ろした日に、母に連絡を入れました。
「金銭的な援助はしばらくできないから、無茶しないでね」と。

いつも読んでくれている方々はご存知だとは思いますが、ギャンブルで稼ぎ始めてから、金銭的に母の援助をしていました。
これを書き出すと長くなっちゃうので割愛しますが、私にとっては結構な額です。

勘違いして欲しくないのは、それだけが理由で貯金が少ないわけではありません。
簡単に言うと、貯金の優先順位が低かっただけです。お金を貯める代わりに、稼働を減らして、色んなところへ行って、色んな人と会って、色んな本を読んで、色んな記事を書きました。

普通の専業さんからすると、無職なのに貯金しないのはありえない。と思われるかもしれませんが、私からしたら全くの逆なのです。
貯金だけして、未来のために時間を使わないのは”ありえない”のです。これも私が思う、”正しい事”の一つです。

貯金をするな、という話ではなくて、優先順位のお話です。
もちろん余力があれば、もっと貯金したかったです笑

少し話が脱線してしまいましたが、思えば昔から私は、普通のレールから脱線しっぱなしなので、考え方によってはこれが本当のレールだとも言えます。
話を戻しまして、自問自答をした結果、”ほとんど分からないという事が分かりました”

ではここから、分からない部分を、脳内で明文化する作業に入ります。
いったん他の問いを留保して、中でも一番ひっかかる事について考えてみます。

「何で専業を引退したの?」

多分、やりたくなかったんですよ。その理由は、スロットやパチンコが嫌い。というわけではなく、期待値に依存している自分が嫌だったんですよ。
劣悪な環境で稼働する事が嫌だったし、ヤクザに絡まれるのも嫌だったし、下振れも大嫌いだったし、しんどかったんです。(普通に考えて、人を脅して台を取るとかキチガイでしょw頑張って稼働した結果として10万負けるとかもありえないw)

「でも、これしか収入源ないから、辞めたら死ぬかもしれないもんなあ・・」

これが私の劣等感です。
みんな形は違えど、期待値に依存している、だけど頑張ってる。だからこそ「スロパチ依存賞」というブログ名をつけました。

とはいえ、最初は本当に楽しかった。自分が頑張った分だけ結果が出る”期待値”に陶酔しました。
特に、働いていた頃は、その場所での自分の頑張りに見合った給料が頂けていなかったので、なおさら嬉しかったです。

天井狙いを始めて、設定狙いを覚えました。それを機に、今まで出会った事がないタイプの人達とも接するようになりました。それも本当に楽しかったなあ。私の中の世界が、少しずつ、広がっていくような感覚でした。
データの蓄積が増えていき、ツモ率が上がっていく。それもワクワクしました。中でも一番ハマったのはアナログ機でした。

技術介入。人が出せない台で出す事ができたり、生き物のような玉の動きが楽しくて、魅了されました。
しかし、楽しいことばかりだけではなく、徐々に、徐々に、この業界の闇の部分にも触れていきました。

理不尽な思いもたくさんしました。仕事を辞めて、自由に生きると決めたはずなのに、私が望んでいた自由は、騒々しいパチンコ店内にはありませんでした。
社会に属している頃に気づいた事があって、それは「人の物差しで測られることが多い」という事です。測られるだけならまだマシです。人間ですからね。しかし私は、それをギュウギュウに押し付けられる事に、息苦しさを感じました。

そしてそれは、パチンコ店でも同じでした。
私がパチンコ店内で言われた台詞の中で、印象に残っているものをいくつか紹介したいと思います。

「どけ、こ〇すぞ」
これはそのままの意味です。このセリフと共に、どつかれて台を奪われました笑

「舐めてんのか?」
3年間ほど普通に話していた専業の人に言われたのは衝撃的でした。

「何で専業してるの?」
これは仲の良い方々を含めた何人かに言われました。個人的にはネガティブな意見ではないと思っています。
実際、専業の中でも少し異質というか、浮いていたんだと思います。「(見た目は好青年だし)ここにいるような人間じゃない」という意味なのかな?と受け取っているんですけど、私もほんとそう思います。

最後に紹介した台詞は別として、こうなってくるともう、「う~ん」が蓄積していきます。
面白くない事をしている感覚。お金だけの為に行動しているという事実。でも元をたどると、全ては自分の力不足が原因。嫌なのに、その中でしか生きられない自分の不甲斐なさが悔しかったです。う~ん。

「嫌だ」にも度合いがあって、「朝起きるのが嫌」と、「スロットだけで稼ぐのが嫌」では度合いが全然違います。

専業の話になると、社会的地位が~という話がでますが、先ほど言った通り、元々はみ出し者だった私だから、社会的な地位にはそれほど興味はなかったです。でも、だからと言って、友人知人に生き方を否定されて、嫌な思いをしないわけではありませんでした。

じゃあ、これからは劣等感をバネにしてこれから頑張るの?というのが自然な流れですよね。
実際、劣等感をバネにして、社会的に成功した人は多いです、というよりも、人よりも結果を出している人のほとんどが、人よりも劣等感を持っていたからこそなのです。

だけど、ちょっと待ってください。

深層心理学を学び、人よりも深く考えてきたおかげで、劣等感だけで行動した先の未来を少しだけ知っています。
そしてそれは、私が求める人生ではありません。

では、少し冷静になって考えてみましょう。ちょこっとだけ心理学っぽい話になります。
果たして私は、「専業として生活するのが嫌だ」という理由だけで、つまりは劣等感だけで、貯玉を全て下ろしたのでしょうか?

それは違います。

劣等感はもちろんありましたが、それだけが全てではないんです。それは何割かの割合です。
じゃあ残りは何?という話になるんですけど、私は単純に楽しい事がしたかったんじゃないかと思います。そしてそれは、専業をやりながらでは、パワーの総量や、脳の容量が足りないんです。

と思ったんですけど、それだけではない気もしてきました。なにやら思考に何か靄がかかった感覚に陥ります。この靄の正体は一体?
思考が止まってしまう事に関しては思い当たる節があって、人は無意識のうちに、何かを抑圧しているんです。考えない方が生きやすいから、生きる上で都合の悪いものは、基本的に考える事ができません。

ここで、ある疑問が出てきます。

「じゃあ、あっきーにとって楽しい事って何?」

そうなんです。ここが本質のような気がします。つれづれなるままに書いているので、分かりづらかったら申し訳ありません。ただ、これは私だけではなく、この記事を読んでいる皆さんも、同じ疑問を持っているかもしれません。
「やりたい事をやればいいよ」とよく言う人がいますけど、それってすごく難しい事なんですよね。なぜなら、「やりたい事をやる社会」ではないからです。当然、「やりたい事をやる教育」もされていません。だから、やりたい事はあるのに、心の奥底にしまわれているんだと思います。”楽しい事”というのは、社会的にふさわしくないとされているので、無意識に抑圧されがちです。

人って、本当に楽しい事を知らないから躊躇してしまうんです。
モヤっとしましたか?でも安心してくださいね。私が出会ってきたほとんどの人がそうでした。現に、今の私も自分にとって楽しい事が何なのか分かっていません。モヤモヤ。

「専業で生活することじゃない」
「昔のように生活のために働くことでもない」

そのくらいしか分かっていません。
やりたい事や楽しい事を探す上で、重要になってくる事が一つあって、

「私は自分自身の脳みそを100%信用はしていません」

この理由は簡単で、今自分の中にある価値観の何割かは、自分自身の価値観じゃないんです。
それは誰かが決めたものです。社会や、今まで出会ってきた人たちが決めた価値観なんです。

人は人によって変化します。もちろん環境によっても変化します。
それはつまり、「良い出会いもあれば、悪い出会いもある」という事を意味しています。

良い出会いはたくさんありました。でも、自分の価値観を捻じ曲げられた事も、何度もあったはずです。
今色々と考えている自分は、本当の自分ではないという事です。それが劣等感の正体だったりします。

それも割合なんです。本当の自分と、捻じ曲げられた自分が、何割ずつか分かりませんが必ず存在しているんです。
そのグラデーションのような思考回路からひねり出された答えが、「専業を引退しよう」という事だったんじゃないかと思います。

本来、抑圧された本音というのは、深層心理の中にもぐっちゃって、簡単には表面に出てきません。社会的に生きる上で都合が悪いから抑圧されているのです。
でも、今回やっと出てきてくれた。ちょこっとだけ顔を出してくれた。私はこの”本音”をすかさずキャッチして、逃さないように行動に移したんです。だから、急に貯玉を全て下ろしたんだと思います。

一見、自分の生活を脅かすような”専業引退”という行動は、今までの人生で一番、自分を大切に想った故の行動だったんです。
私は自分自身の、この気持ちを大切にしたいんです。

「これから先どうやって生活していくの?」
「何で専業を引退したの?」
「ブログはどうするの?」
「専業を引退して何をするの?」
「母親が倒れたら誰が助けるの?」

このように問いかけてきたのは、一体誰だったんでしょうか?
皆さんもあるはずです。私も、自分が何気なく発している言葉は、自分の言葉ではない事があります。
母親に関しては別ですが、それらは、一体誰の意見なんでしょうか?両親?大人?社会?家族?友達?恋人?一体誰の言葉?

私が自分の捻じ曲げられた脳みそを信用していない理由はここにあります。
脳内の思考回路さえも、本来の自分ではない部分があるからです。

ちょっと一気に詰め込みすぎた感も否めません笑
ではここで少し、想像してみてください。

あなたの一番大切な人が、専業をしているところを。

その人は色んなしがらみを超えて、専業を引退しました。それは、並大抵の覚悟ではなかったはずです。
そして、あなたはその人の幸せを心から願っています。

「あなたなら、大事な人に対して、最初に何を尋ねますか?」

私ならこのように尋ねます。本当は、こう尋ねて欲しかった。

「これからはどんな事がしたい?」

我々の脳みそは、精一杯楽しく生きる事を許してくれません。
それだけではありません。精一杯何かをやって、傷つくことも許しません。防衛機制が働くのです。これが人間の脳の表と裏です。
生きていく上で、それは正しい事なのかもしれません。自分を守る術でもあるからです。

私は、ありのままに生きて、ありのままで死にたい。
そのためにはまず、自分の脳にかかっているリミッターを、一つ一つ見つけて、説得して、納得させることが必要です。

その方が絶対に楽しい。これは確信しています。
だから、怖くて不安だけど専業を辞めました。

そうそう。こうやって今まで一つずつ、状況を整理して、自分自身と向き合って、階段を上ってきました。そしてこれからもそうします。

”専業は人生の通過点”

個人的にですが、それが一番いいです。即金性とリスクの低さで言うと、超優秀です。
実際に私は、いろんな事をして、いろんな事を学んで、大事な家族の命を助けて、それでも210万円というお金が手元に残りました。

こんな事、普通に生きていたら難しい事は知っています。
だから感謝しています。そんでもってありがたく通過させて頂きます。これからの予定は未定ですが、どんな形であれ引退は引退です。

これは私にとって、運命や常識に逆らった結果の、ポジティブな引退なのです。
楽しい事とかやりたい事を探すために、まさか命をかける日がくるとは思いませんでした。

ふう。なにやら不思議な記事が出来た気がします。少しでも伝わればいいんですけど・・でもこんな感じで言葉にするっていいですね。大分頭が整理されてきました。みんなもブログしようぜ。
まあ、パッと出てきたのはこんな感じです。これからの事はまだ何にも分からないので、何か思いついたら記事にするとは思います。

しばらくは、お金はないけど時間はあるので、あっきーと会ってみたい、一緒に酒が飲みたい!っていう人がいたら連絡ください!
希望者がいれば、オフ会もじゃんじゃんやるつもりです。それは楽しそうですね。

ここまで読んでくれた皆様、最後に一つだけ尋ねさせてください。
自分の脳みそで考えてみてほしいんですけど、私と同じように、案外難しい事かもしれません。あるいは、それ自体が素晴らしい気付きになる可能性だってあります。ではいきますよ。

「これからはどんな事がしたい?」

最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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