こんにちは、あっきーです。

本日8月15日は、終戦の日

第二次世界大戦での戦没者数をご存知でしょうか?

私は今まで知らなかったので、今回調べてみました。

でてきた数字は

300万人以上

300万人と言われても、正直想像ができません。

亡くなった方が300万人以上いて、その方々は一人ひとりの物語を持っていて、愛する家族がいて。

全く想像ができません。

それは私だけではないと思います。

しかし、それは仕方のない事。

私もあなたも、自分が体験した事の延長線上にしか想像を巡らせる事ができない、愚かな生物だからです。

今の自分に何ができるのか?

本日は、戦争に関するお話をしたいと思いますが、できる限り前向きに考えていきますので、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。

悲惨さを想像できないと、先ほど申しました。

しかしながら、想像できないから、未来に活かせないのかというと、それは別です。

悲惨な戦争を引き起こしてしまった経験から、これからは平和を追求していかなければならない。

これはよく聞く考え方です。

しかしながら、曖昧な正論です。

この言葉に対し、

「そうだ。戦争でたくさん人が亡くなったから、そうならないように平和を願わなければならない」

と思った方、もう少しです。

それじゃ何も変わりません。

「悲惨な戦争の経験から」という言葉

これは時間軸でいうと過去。

つまりは、その歴史を学び、同じ過ちを繰り返さないようにする。

という意味が含まれています。

では、繋げてみます。

悲惨な戦争を引き起こしてしまった経験から、(その歴史を学び、同じ過ちを繰り返さないようにする。そして、)これからは平和を追求していかなければならない。

こうすれば過去の歴史に習って、未来に活かす手段が見えてきますね。

戦争の歴史を知る事が重要だという事が分かります。

こんなことは、私が説明しなくても分かる方がほとんどだと思います。

しかし、大事なのはこの次です。

これからは平和を追求していかなければならない。

これが非常に曖昧な表現だと思うんです。

こんな綺麗な言葉では、何も変わらない。

正義を口にするのならば、最後まで、細部までやりましょう。

あなたにとっての平和とは?

私は思うんです。

一言に平和といえど、国民一人ひとりにとっての平和は同じではないと。

例えば、朝食を家族と食べる事が平和と言う人もいれば

一人で晩酌を楽しむのが平和と言う人もいる。

戦争がない事が平和と言う人もいれば、

愛する家族が生きている事が平和だという人もいるでしょう。

あなたにとっての平和とは一体何ですか?

ここをしっかり考える事なしに、平和など語れるはずがありません。

平和という言葉の具体性が低ければ、根拠が薄くなります。

根拠が薄くなれば、貫く事が難しくなります。

貫く事が難しくなれば、平和は遠のいていきます。

あっきーにとっての平和とは?

今回の記事をきっかけに、私も今一度平和に関して深く考えてみました。

私にとっての平和とは

当たり前の事が当たり前にある事

これから先の未来、当たり前に努力して

努力した結果、当たり前に幸せを手に入れて

戦争など、当たり前に起こり得なくて

当たり前に、そのスパイラルが恒久的に続いていく

私の子どもも、孫も、家族も。

未来永劫、当たり前の事が当たり前に起こる事。

それこそが私にとっての平和だと思いました。

そして思った事があります。

当たり前である事がとても大変だという事を。

そのためには、そのきっかけを築いていく努力を、自分自身でしなくてはなりません。

そう考えると、今の自分にすべき事が、よりはっきりと見えてきます。

最後に

300万余名の戦没者の方々に、哀悼の意をもって「黙とう」をすることは大事と思います。

しかし、私の想像力が及ばないこともあり、誠心誠意の黙とうをささげる事が難しいです。

だから、私が黙とうする時はいつも、未来への展望や希望を思い浮かべる事にしています。

目を閉じ、心を開き考えます

今の私に、何ができるのかを。

その積み重ねが、平和な未来につながる事を信じています。

皆さんも、今日という日をきっかけに自分の心に問いかけてみてはいかがでしょうか?

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

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